宮野陽子さんのイエスさまのお話

 「私を赦し、見捨てないイエスさま」 宮野 陽子さん

 

「わたしは、祖父母が熱心なクリスチャンで、母がその信仰を受け継ぎ、私で3代目のキリスト教信仰者の家系で育ちました。そして私は、教会付属の幼稚園に通い、食前には、必ずお祈りを捧げました。

クリスマスは、親戚が大勢集い、盛大にお祝いする典型的なクリスチャンホームでした。ですからわたしは、小さい時から神さまのことやイエスさまのこと。神さまが天地を創られたこと。…などを信じていました。

何の疑いもなく信じていました。…

 小学校時代は、毎週日曜日に教会学校に通っていました。しかし、中学生になると忙しくなり足が遠のきました。…

 

 そして私が、再び教会に行くようになったのは、大学生になった時です。その時、私は、音楽の道をまっしぐらに走っていました。それは、私が、時々いきずまりを感じると『教会に行こう。教会にいかなければ!』と言う思いが与えられたからです。そして私が、大学2年生になった時、母が通っていた富士見町教会に行き、洗礼の準備をして頂いて、その年のクリスマスに洗礼を受けました。…

 神さまに祈ることを私は、それまでしていました。その祈りは私の一方的な願いばかりでした。しかし、私が毎週礼拝に通うようになってからは、聖書を読み、また牧師先生の説教を聞いているうちに、神さまを感じるようになりました。…

しかし、今思うとその頃の私の信仰は、まだ表面しか分かりませんでした。…

私が、本当の意味でイエスさまと出会っていなかったのです。…

 

 その後私は、大きな夢と希望を抱いて、大学を卒業し、ロッテルダム交響楽団のヴァイオリン奏者として、オランダのロッテルダムと言う街に住むようになりました。

しかし私は、異国での生活や仕事の厳しさに、すっかり意気消沈していまいました。…

 そのような時、私は、アムステルダムの日本人教会の方々の信仰を通して励まされました。…また、オランダの代表的な画家レンブラントの絵に衝撃を受け、自分の罪深さを深く知ることになりました。

その時から、私は、イエスさまの十字架は、私の罪のためだったと理解しました。

しかし私は、今でも自分の罪深さに嘆いています。

 

そんな私でも「神さまは、イエスさまの十字架で罪を赦し、私を見捨てない。」いってくださいます。…だから私は、なお、これからも用いてくださる神さまに、深く深く感謝し、毎日従って行きたいと思います。」

 

「わたしの目には、あなたは、高価で尊い。

 わたしは、あなたを愛している。

 だからわたしは、人をあなたの代わりにし

 国民をあなたのいのちの代わりにするのだ。」

          イザヤ書43:4

宮野さん、坂本さん、大森さん、李さん

ステキな演奏をありがとうございました