ディック宣教師
マレーシアから帰国したポール・ フレミンという宣教師がいました。ポールさんは、情熱的な方で、 そのメッセージは力強く、影響力のある方でした。
「 くちべたならプラカードを持てば良い、トラクトを配れば良い、 出来ないことは何もない」と教えてくれました。また、「 宣教するなら、その土地の人々に仕える者になり、 そこの人々と共に出来るような伝道をし、 あらゆる点で模範になりなさい。 自分の骨をその国に埋める覚悟で行きなさい」と言いました。
「 一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。
しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。」ヨハネ12:24
私はその日にバプテスマを受け、 神様のために生きる決心をしました。
私が日本に来るとき、 アメリカからの経済的な支援はなかったので、 これが初めてのサポート献金となりました。
それから34年間、 毎月続けてくださいました。
「 神の国とその義とを第一に求めなさい。そうすれば、 それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」マタイ6: 33 この御言葉を体験した最初の出来事でしした。
・・・私は、34歳の時に日本に帰化し日本人となりました。
87歳になりましたが、 今もキャンピングカーで日本中を回って伝道しています。・・・ 石垣島を伝道中、地元の方に「ディックさん!」 と呼び止められました。その方は、60年前、 東北で共に伝道したことのあるクリスチャンの男性でした。 今は石垣島で教会の働きをしているそうです。
「聖霊が、あなた方のうちに、望まれる時、あなた方は、力を受け
エルサレム、ユダヤとサマリア及び地の果てにまで、 私の証人となります。」使徒による働き1章8節